ここ最近、UXという言葉についてみんなが以前以上に議論しているのを見かけます。
中途半端な考察や、UXデザイナーという表現に対して批判的な情報もよく見かけます。

僕が初めてこの言葉を聞いたのは、ごくごく最近のことです。
ようは、僕はUXに関する知識も浅く、ぶっちゃけて言えば批判の的といっても過言ではありません(笑)

でも今回あえて書いてみます。

UXと言うものを感じる距離

このブログに載っている記事のいたるところで、僕はもともとバンドマンだったということを書いています。

そう、15年ほど前は、スパイキーのモヒカンで、月の半分以上をライブハウスで過ごしていたのです。
その頃は、生活のために働いているか、ステージに立っているか、リハしているか、人のライブを見ているか、イベントの計画してるか、酔っ払って潰れているかどれかが僕の「体験」のほとんどだったような気がします。

UXと言うものが、バーチャルなインターフェイスだけで発生するものではないとすれば、このころ僕は一番UXを考えていたと思います。

なぜなら、先ほど書いた僕の行動は、サービスの提供者であり、サービスの作成者であり、同時にユーザーだからです。
意味不明な理由ですね(笑)

まず、僕はバンドマンである前に、パンクロックと言う音楽の大ファンでした。
ディスクユニオンで大量にレコードを買いあさり、週2から3で行きつけのライブハウスに通い、いろんなバンドを見ました。
本当に好きなバンドのライブには、足が骨折している時でも行き、松葉杖を投げ捨てて、ケンケンでモッシュしていました。完全にアホですね(笑)。
でも、これ完全にガチユーザーってことですよね?
これやってるうちに、同じような音楽が好きな人たちが、どういうライブを望んでて、どうやったらいっぱいビール飲んでくれて、どういう面子で、どういうDJで、どういう曲順でやったら気持ちいいかってことを、自然に身につけていったんだと思います。

そして、自分たちがステージに立つ時も、「これやろ?こういうイベントが楽しいんやろ?この曲待ってたんやろ?」って感じを自然にやっていたんだと思います。

さらに、バンドとしてステージに立ったり、イベント主催する、いわゆるサービス提供側に立つ時は、お客さん(ユーザー)のフィードバックを、直接受けることができました。
ユーザーは目の前にいます。面白ければ、たくさんビールを飲んでくれて、みんな踊ったり、暴れたり、モッシュやダイブが起こり、どんどん盛り上がってくれます。
自分たちも気持ちよくなり、そこには最高のエクスペリエンスが生まれます。

ですが、つまらなければ、腕を組んでじっとしてみています。
やってる方も、不安になり、どんどんつまらない日になってしまいます。

また、バンド側やイベント主催側は、つまらなくならないように、自然に工夫していたと思います。
ライブハウスのような場所でもアイスブレイクは必要です。
アイスブレイクが得意で勢いのあるバンドを最初に出すこと、バーカウンターに10杯分のビール代を預けて、先着で無料配布すること、出演者も一人のお客になって盛り上げること、DJが転換中でもみんなが大好きな曲をかけて踊らせること。
すべては、その空間が非日常の楽しい空間になるためだけにやっていたことです。
僕らが常連にしていたライブハウスでは、PA(ミキシングする人)がブースから飛び出していち早くダイブしてたものです、本当アホですね(笑)

また、僕らの活動の拠点が横浜や横須賀という地域だったせいもあり、お客さんには、横須賀のネイビーさんをはじめ、外国の人もいました。
僕らは、英語で詩を書いてましたが、爆音なのと文法もハチャメチャ、おまけに叫んでいるので何言ってるかわからない、、、それでも、楽しいと思わせることに徹した結果(一緒に楽しんだ結果)、アメリカに呼んでもらい、ツアーまですることができました。
そこにお互い共通の優れたUXがある限り、言語の壁すらなくなるということなんだと思います。

まとめると、UXというものがものすごく近くにあったのです。
いや、なんなら、UXを作りながら、同時に体験していたんですね。

————————————————————————————

これが今のWEBという舞台になった途端に、なんか小難しくなる。
原因は、間違いなくこのUXとの距離なのです。

インターネットの世界において、作り手とユーザーは、インターネット網の先のブラウザに表示されたインターフェイスで初めて出会います。
出会うまでにも、検索なのか、メルマガなのか、WEBメディアのリンクなのか、どこかで見た「●●で検索!」の広告やCMなのか、、、様々な付随する体験を挟んでいるでしょう。

たとえ、今電車で隣に座っている人同士が、作り手とユーザーの関係だったとしても、ものすごく遠いバーチャルな隔たりがあるのです。

フィードバックも、SNS上の批評ならまだ良いですが、ほとんどはログデータのような数字で帰ってくるため、直感的に感じることは難しいです。

これが多くのデザイナーにとってのハードルなんでしょうね。

自分ごとにするクセを

僕らがWEBデザインをやっている限り、前項で書いた距離は常に障壁として付いて回ります。

では、どうすればこの距離の足かせをできるだけ軽くできるのでしょう?
UXについての難しい知見を取り入れたり、ログ解析のスペシャリストになること、世界中の素晴らしいUIを分析して研究することなのでしょうか?
僕の個人的な見解ですが、それはもちろん大切なことかもしれませんが、「あればなお良い」というものに過ぎないと思います。

前述の最初に書きましたが、僕はバンドマンであると同時に、パンクロックという音楽の大ファンでした。
これが大事なんだと思います。
とにかく、そのサイトで表現するものに対して、興味を持ってみること、好きになってみること、自分ごとにすること。
そこから生まれてくる気持ちは「もっと魅力的に伝えたい」という気持ちでしょう。
その気持ちは、きっとユーザーとの距離を縮めるのに、役に立つはずです。

昨年あるプロジェクトで、キャリアを積んだデザイナーと、キャリアの浅いデザイナーで2案のデザインをクライアントに提示しました。
結果、キャリアの浅いデザイナーのものが選ばれたのですが、彼はデザインする前に、一人で休日にクライアントのお店に行き、買い物をし、食事をし、1日お客として過ごしたそうです。お気に入りの商材も見つけました。
彼の表現やプレゼンテーションは洗練されたものではありませんでした。
デザインの基本的なルールのところでは、さすがにかなりダメ出しをしました。
でも彼のデザインは選ばれました。

きっとそれは、そのWEBデザインをすることを「自分ごと」にできた結果なんだと思います。

自分ごとにすることは、デザイナーだけの話ではありません。
すべてのプロジェクトに関わる人が、「自分ごと」を意識することで、より良いサービスをクライアントに提供することができ、そして何より作り手本人がかけがえのない体験を得ることができるでしょう。

column18

今回の話を書きながら、もう一個僕の大好きな料理についての話も、書きたいと思いましたが、それはまたの機会に。

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る